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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)7743号 判決

東京都中央区銀座東三丁目十五番地

原告

白鳥正策

右訴訟代理人弁護士

清田幸次郎

東京都中央区銀座東七丁目六番地

被告(併合事件原告)

西川由三

右訴訟代理人弁護士

米田為次

東京都中央区銀座東二丁二目番地

被告

小池周一郎

東京都中央区銀座東二丁目二番地

被告

東建業株式会社

右代表者代表取締役

大場小次郎

石川県鹿島郡中島町笠師二部四十二番地

引受被告(併合事件被告)

垣内武志

右訴訟代理人弁護士

浜本辰吉

右当事者間の昭和二七年(ワ)第七七四三号建物収去土地明渡請求事件及び西川由三より垣内武志に対する昭和二九年(ワ)第一〇六一三号建物所有権移転登記抹消請求事件につき次のとおり判決する。

主文

一、引受被告垣内武志は原告に対し東京都中央区銀座東二丁目二番地所在、家屋番号同町二番の十七、木造亜鉛葺二階建店舗兼居宅一棟建坪八坪五合(実測約十二坪)二階五坪二合九勺(実測約十坪)を収去してその敷地十三坪を明渡し且つ昭和二十八年十一月十一日以降右土地明渡ずみまで一カ月金四百円の割合による金員の支払をせよ。

二、被告小池周一郎、同東建業株式会社は原告に対し前項記載の建物より退去してその敷地十三坪の明渡をせよ。

三、被告西川由三、同小池周一郎は連帯して原告に対し昭和二十六年六月十一日以降昭和二十八年十一月十日までの一カ月金四百円の割合による金員の支払をせよ。

四、被告西川由三、同小池周一郎に対する原告その余の請求を棄却する。

五、併合事件原告西川由三の請求を棄却する。

六、訴訟費用中本訴につき生じた分は被告西川由三、同小池周一郎、同東建業株式会社引受被告垣内武志の連帯負担とし、併合事件につき生じた分は同事件原告西川由三の負担とする。

七、この判決は引受被告垣内武志に対し建物収去土地明渡の請求につき金十万円、金銭支払の請求につき金五千円を、被告小池周一郎、同東建業株式会社に対し金三万円を、被告西川由三に対し金五千円をそれぞれ供託するときは、確定前に執行できる。

事実

第一、昭和二七年(ワ)第七七四三号事件

一、請求の趣旨

主文第一乃至第二項同旨及び「被告西川由三は主文第一項記載の建物を収去してその敷地十三坪の明渡をせよ。被告西川由三、同小池周一郎は連帯して原告に対し昭和二十五年六月一日以降昭和二十八年十一月十日までの一カ月金四百円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。

二、請求の原因

(一)  主文第一項の土地十三坪を含む同所同番地宅地二十五坪四勺は原告の所有であるが、昭和二十二年春頃隣地の所有者被告西川由三より同人の所有地に接する十三坪をドラム罐置場に臨時使用するため貸与せられたい旨申込があつたので、原告は一カ年の期限を付して無償使用を許した。

(二)  右使用貸借は昭和二十三年六月上旬及び昭和二十四年六月四日に右被告の申込により更に一カ年宛延長せられ、昭和二十五年五月末日をもつて終了したものである。

(三)  然るに被告西川由三はその後右土地の上に主文第一項記載の建物を建築し、被告小池周一郎、同東建業株式会社はそれぞれ右建物を店舗兼居宅又は事務所として占有使用し、その敷地に対する原告の所有権行使を妨害した。

(四)  ところが、被告西川由三は昭和二十八年十一月十日右建物を引受被告垣内武志に譲渡し、引受被告は再後右建物の所有者としてその敷地を占有し原告の土地所有権行使を妨害している。

(五)  被告西川由三は右土地を使用していた間、その使用の礼金として昭和二十二年六月初め頃及び翌年六月初め頃に各金三千円宛、昭和二十四年六月四日金五千円を各支払つているから、原告が右土地の使用を妨害せられたことによる損害は少くとも一カ月金四百円を下らないものである。

三、答弁

(イ)  被告全部

(一) 請求の趣旨に対し、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

(二) 請求の原因に対し

本件土地が原告の所有地であること、昭和二十二年春頃被告西川が原告からこれを借受けたこと、同被告から原告に対しその主張のように金銭を支払つたこと及び同被告が本件土地の上に原告主張の建物を所有し、被告小池、東建業株式会社がこれを占有使用していることは認める。その他の事実は否認する

被告西川と原告との間の契約は賃貸借契約である。すなわち同被告は昭和二十二年春頃本件土地の隣地に建物を所有し油脂販売業を営んでいたのであるが、油脂入のドラム罐その他原料を収容する倉庫を建設するため、同年五月中原告に対し本件土地の賃借を申込み、前借地権者である訴外荒川光雄に対しその権利を放棄せしめる代償として金一万五千円を原告を通じて支払い、別に原告に対し右解決の費用として金一万円を交付し、同年五月二十四日原告との間に普通建物所有を目的とする土地賃貸借契約が成立したものであつて、原告主張の金員は右賃貸借契約に基く賃料として支払つたものである。

而して被告西川は本件地上に仮設建物を建設していたが、手狭となつたのでこれを現在の建物に改造し、その後被告小池に賃貸したのであるが、原告はこれを知りながら被告西川の建築に何等の異議を述べずして賃料を受取り、被告小池が営業の都合上二階建に改造する工事に着手するに至つて初めて異議を述べたものである。

(ロ)  被告西川

被告西川が本件土地上の建物を引受被告垣内に譲渡したことは否認する。昭和二十八年十一月十日その旨の登記がなされたことは認めるが、これは被告西川が訴外羽生田順子の依頼により同人の訴外中村米次郎に対する債務を保証した際、将来右債務の弁済がない場合には本件建物につき抵当権を設定しその登記をするため被告西川から中村に交付してあつた建築許可書、白紙委任状、印鑑証明書を冒用し、被告小池が被告西川名義の必要書類を偽造又は変造してなした登記であつて、これによつては本件建物の所有権は引受被告に移転しない。

(ハ)  引受被告

(一) 訴外中村米次郎は訴外羽生田順子に自己所有にかかる貴金属を預けてあつたところ、同人が他に入質し質流れとなつたため、昭和二十八年七月中右羽生田は同年八月七日までに右貴金属を中村に返還すべく、もし返還できないときは金三十六万三千円を弁償することとし、被告西川は右債務につき保証をすると同時に本件建物を担保に提供し、右債務不履行の場合にはこれを中村に代物弁済として譲渡することを約し、その登記手続に必要な印鑑証明書三通、白紙委任状一通を中村に交付した。羽生田及び被告西川は右期日に債務を履行しなかつたが、中村は事を穩便に解決するため被告西川名義に保存登記をした上右債務のための抵当権設定登記をなし、同被告に対し弁済を請求したところ、同被告は本件建物を抵当として他より金員を借入れ弁済に充当するよう中村に懇請したので、中村は同年十一月一日改めて同被告から印鑑証明書委任状各一通の交付を受け金策に努力したが、その見込がないので同年同月六日頃被告西川にその旨を告げ、同被告から更にこれが売却方を依頼されて白紙委任状を受取つた。よつて中村は同年同月十日原告の代理人として引受被告に対し本件建物を金三十万円で売却し即日その登記手続を了したものである。

(二) かりに然らずとするも、中村米次郎は右売買契約締結にあたり被告西川名義の白紙委任状、印鑑証明書、登記済権利証及び前記和解契約書を所持してこれを引受被告に提示したので、引受被告は中村に真実右売買の権限ありと信じたものであり、かかる場合にかく信ずるのはけだし当然のことというべきであるから、被告西川は右中村のなした売買契約につき本人としてその責に任ずべきであり、引受被告は本件建物の所有権を取得したものである。

(三) 而して右売買契約の直前原告は訴訟代理人を通じ又は直接に引受被告の代理人である被告小池に対し、引受被告が本件建物を取得したときはその敷地を引続き又は改めて賃貸すべき旨の意思表示をなし、引受被告はこれを承諾したものである。

四、原告の認容

訴外荒川光雄が借地権を持つていたことは否認する。同人は罹災前の借家人山田昭太郎と共に本件土地の一時使用を申込んでいたので、被告西川からの申込を機会に荒川をして使用を断念させるため金一万五千円を交付したにすぎない。なお本件土地は総坪二十五坪四勺であつてこれを二分して使用すれば利用価値が激減するのであるから、その内本件の十三坪を被告西川に建物所有の目的で賃貸するはずがない。

引受被告に対し、本件建物取得後本件土地を引続き又は改めて賃貸する旨の意思表示をしたことは否認する。

第二、昭和二十九年(ワ)第一〇六一三号事件

一、請求の趣旨

主文第一項の建物の所有権が原告西川由三にあることを確定する。

被告垣内武志は原告西川由三に対し右建物につき東京法務局昭和二十八年十一月十日受付第一六四二一号をもつてなされた売買による所有権移転答記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の原因

本件建物は原告西川由三の所有に属するところ、昭和二十八年七月二十日頃訴外羽生田順子が訴外中村米次に対して負担する貴金属(時価約金三十二万円と称す)の返還債務につき保証を依頼されてこれを承諾したが、次いで同月二十三日頃につき保証を依頼されてこれを承諾したが、次いで同月二十三日頃右両名等の来訪を受け、右債務確保のために本件建物に関する書類を中村に預けられたい旨の申出に接したので、同月二十四日原告は、右債務の期限である同年八月七日までは原告の承諾なしには右書類を使用しないこと、右期限に前記物件を返還しないときはこれに代る金銭賠償債権を担保するため本件建物に抵当権を設定すること及び右抵当権の設定登記をするについては改めて原告の承諾を得ること等を条件として本件建物を担保に提供することに承諾を与えた。

然るに中村米次郎は原告不知の間に本件建物につき同年八月十八日原告名義の保存登記をなし、次いで同年十月五日同人の原告に対する金三十六万三千円弁済期同年八月七日の債権につき同年七月二十四日付設定契約による抵当権ありとしてその旨の抵当権認定登記をなし、更に同年十一月十一日に至り右債権の弁済があつたとして右登記を抹消したが、同年同月十日本件建物につき原告から被告に対し売買により所有権を移転した旨の登記がなされているので調査の結果、本件建物の居住者が中村と友人関係があるところから同人より本件建物に関する書類を入手し被告と共謀して被告名義の登記をしたことが判明した。

以上のとおり本件建物の所有権は原告にあり、原告はこれを何人にも売却せず又売却を依頼したこともないから、被告はその所有権を取得したものではない。

三、答弁

(一)  請求の趣旨に対し主文第四項同旨及び「訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

(二)  請求の原因に対し、

本件建物が原告の所有であつたこと、訴外羽生田順子が訴外中村米次郎に対し原告主張の債務を負担し、原告がその保証したこと、中村が原告主張の書類を受取りその主張のとおり保存登記、抵当権設定登記及びその抹消登記手続をしたこと並びに昭和二十八年十一月十日被告名義の所有権取得登記がなされたことは認めるが、その他の事実は否認する。

被告は訴外小池周一郎を代理人として原告から本件建物の処分につき代理権を与えられた訴外中村米次郎との間に昭和二十八年十一月十日本件建物につき代金を三十万円とする売買契約を締結してその所有権を取得し即日その登記手続をしたものであり、かりに中村に右代理権がなかつたとしても、同人は原告の白紙委任状、印鑑証明書、代理権を証する原告の念書、登記済権利証等を所持していたので、被告は同人を原告の代理人と信じて右売買契約を締結したのであるから、原告は売主としての責任を免れることはできない。(以上に関する事実関係の詳細は第一の三、(ハ)のとおりである。)

四、原告の認否

被告主張の売買契約があつたこと、訴外中村米次郎が原告の代理権を持つていたこと、被告が同人を原告の代理人と信じかつかく信ずるにつき正当の事由があつたことは全部否認する。

第三、証拠(省略)

理由

一、主文第一項の土地十三坪を含む東京都中央区銀座東二丁目二番地二十五坪四勺が原告白鳥正策の所有地であり、昭和二十二年春頃被告西川由三がその内十三坪を借受け使用していたことは全当事者間に争のないところである。

二、原告は被告西川に対して一カ年の期限を介して無償使用を許したものであると主張するが、右土地の貸借が期間を定めたものであることを認めるに足る適確な証拠がなく、又被告西川が昭和二十二年及び翌年の各六月初め頃三千円宛、昭和二十四年六月四日金五千円を原告に支払つたことは当事者間に争がなく、しかも原告自身右金員が土地使用の礼金であることを主張しているところであり、他に特段の事情が認められない本件においては、右金員が右土地使用の対価として支払われたものと認むべきは当然のことというべきであるから、本件土地使用の契約は期間の定めのない賃貸借契約であるといわねばならない。

三、ところで証人西川テル子の証言並びに原告白鳥正策及び被告西川由三(第一回)の各本人訊問の結果によれば、被告西川は本件土地の隣地を所有しこれを使用して工業薬品の製造販売をしていたものであるが、本件土地も右営業のために使用する目的で原告に対し買取方を交渉し、その承諾が得られなかつた結果物置を建設使用することを目的として賃借を申込んだが、これまた原告に拒絶せられたので、最後に営業用の自動車及び商品の置場として使用するため賃借方を申込んでようやく原告の承諾を得たものであることが認められる。この点につき被告西川は訴外荒川光雄が持つていた借地権を譲受けたものと供述するが、証人山田昭太郎、岩倉繁志の各証言及び原告本人の供述によるも、荒川が借地権を持つていたことは認め難く、むしろ本件土地については山田昭太郎が罹災前の建物居住者として賃借申出の権利を持つていたが、建物建設の資力がなかつたのでその申出をしなかつたところ、荒川が山田のためもしくは山田の権利を利用して原告に対し土地賃貸借の交渉をしていた程度にすぎず、従つて被告西川から賃借の申込があつた際原告は右事実を告げて荒川の諒解を得べきことを示唆したに外ならぬことが認められ、成立に争のない乙第三号証の一乃至三は右認定の事実に符合こそすれ、この認定を動かすに足るものではない。

而して原告白鳥正策の本人訊問の結果並びに被告西川由三、同小池周一郎の各本人尋問の結果(いずれも第一回によれば、被告西川は賃借後本件土地の上に土台を入れ亜鉛葺の屋根をのせ表通りに面して引戸を設けた小屋を作り内部に自動車又はドラム罐を格納してこれを使用していたものであつて、被告小池がこれを被告西川から賃借した昭和二十五年一月頃の右小屋の状態は、公道に面して塀をめぐらし、倉庫に使用するような引戸の扉を付け、屋根はトタン葺の片屋根であつて、内部に床も張つてなく、土間の上にドラム罐が二、三本置いてある程度のものであつたことが認められる。

しかも証人岩倉繁志の証言によれば、原告は被告西川の申込があつた際、同被告が家を建てる場合にはこれを原告名義とするならば建築を認容する意向であつたことを、又原告本人の供述によれば、山田昭太郎関係の交渉があつた頃同人に建築させて共同使用することを提案したことがある事実をそれぞれ認めることができる。

以上認定の諸事実を考え合せると、原告は本件土地につき建物所有の目的をもつて他人にこれを賃借せしめ長期にわたりみずから使用することができなくなることを警戒していたものであり、従つて被告西川に対しても物品置場に使用するためにのみ賃貸したものであつて、被告西川が地上に設置した右工作物は自動車又は商品に対し雨露を凌ぐための設備として設けたにすぎず(証人西川テル子の証言も同趣旨である)この設備があることによつて本件賃貸借が建物所有を目的とするものであつたとはいえないと判断して差支えない。

四、以上認定のとおり原告白鳥と被告西川との賃貸借契約は同被告の物品置場として使用することを目的としてなされた期限の定めのないものであり、同被告は物品置場として使用する必要上前記のような簡易な工作物を設置したに止まり、建物所有を目的として賃借したものではないから、右賃貸借につき借地法の適用がなく従つて原告は何時でも解約の申入をすることができ、その申入後一年を経過したとき右賃貸借は終了するものといわねばならない。

而して原告が昭和二十五年五月下旬から六月上旬の頃被告西川の提供した賃料の受領を拒絶し本件土地の返還を求めたことは当事者間に争のないところであるから、本件賃貸借はおそくも昭和二十六年六月上旬終了したものである。

五、従つて被告西川はその後本件土地を占有使用する何等の権原がないこととなつたものであるところ、同被告が昭和二十六年十一月十日まで本件地上に主文第一項の建物を所有していたこと及び被告小池、同東建業株式会社が現在右建物を占有使用していること並びに被告小池の占有が昭和二十五年六月一日以前から継続していることは当事者間に争のないところであるから、被告小池同東建業株式会社は右建物から退去して本件土地をその所有者である原告に明渡すべき義務があり、又被告西川、同小池は少くとも賃貸借終了の後である昭和二十六年六月十一日以降昭和二十八年十一月十日までの間、権原なくして本件土地を占有し原告の所有権行使を妨害したことによる損害として前記約定賃料額の範囲内である一カ月金四百円の割合による金員を連帯して支払うべき義務がある。

原告は右の外被告西川、同小池に対し昭和二十五年六月一日以降昭和二十六年六月十日までの右割合による損害金の支払を求めているが、右期間内は未だ賃貸借存続中であるから、右被告等の本件土地占有は何等不法のものではなく、従つて損害賠償の請求として失当である。而して原告白鳥は被告西川との間の土地使用契約は使用貸借契約であると主張しているのであるから、右期間の金銭支払はこれを延滞賃料として請求する意思は予備的にもないものと認むべきであるから、被告西川に対してはかかる請求としてもこれを認容するに由ないものである。

六、次に本件建物の所有権が昭和二十八年十一月十日引受被告垣内に移転したかどうかにつき検討するに、

証人中村米次郎の証言、証人高山正称の証言及び被告西川由三の本人訊問の結果(第二回)の各一部並びにこれら証拠より真正に成立したと認められる乙第六号証の一乃至四によれば、訴外中村米次郎は訴外羽生田順子に対し金三十六万三千円の損害賠償請求権を有し、被告西川は右債権の発生原因となつた取引に多少の関係があつたため昭和二十八年七月二十四日右債権につき羽生田のため保証人となり、当時未登記であつた本件建物をその担保に提供する趣旨で、その保存登記に必要な書類を中村の代理人に交付し、前記債務の弁済期である同年八月七日までにその支払がないときは被告西川名義の保存登記手続に必要な委任状及び印鑑証明書を交付することを約したが、右契約の翌日である同年七月二十五日、右両名間において、右債務の支払につき更に二日の猶予期間を認め、その期間内に支払がないときは本件建物をもつて「右債務及び利息一割を添え差引くこと」及び「条件として本件建物をもつて金を借用することを被告西川承知すること」を約定しその旨の書面(乙第五号証の三)を作成したことが認められ、証人中村米次郎の証言及び被告西川の供述によれば、右は債務不履行の場合に備えて中村が代物弁済により本件建物の所有権を取得し又は本件建物を担保として他より金員を借用して弁済に充てることを被告西川においてあらかじめ承諾した趣旨であることがうかがわれる。

而して前記各証拠及びこれにより成立を認め得る乙第五号証の五、六、成立につき全当事者間に争のない乙第六号証、同第七、第八号証の各四と被告小池周一郎の本人訊問の結果(第三回)の一部を綜合すると、羽生田及び被告西川は右債務の弁済期及び猶予期間内にその支払ができなかつたので、被告西川は中村の請求により同年八月十日みずからの印鑑証明書の下付を受け、その頃委任状と共にこれを中村に交付し、中村はこれにより同月十八日被告西川名義の保存登記手続をなし、よつてこれを担保とする金策に努力したが遂に成功しなかつたので、同年十月五日本件建物に抵当権設定登記を経由して被告西川等の弁済を持つたが、一カ月を経過しても弁済がなかつたので同年十一月十日代物弁済により所有権を取得したこととして被告小池周一郎を代理人とする引受被告垣内武志に代金三十万円をもつて本件建物を売却したこと及び被告西川はその間不履行を憂慮して同年八月十五日関係者高山正彌に、同年九月十五日羽生田にそれぞれ念書を差入れさせ責任をもつて前記債務の支払をなすよう確約させたことが認められる。

以上の事実を綜合して考察すれば、被告西川は支払猶予期間を徒過した後は中村の請求にあつて本件建物の担保差入又は代物弁済による所有権喪失を予想し、羽生田等を督励して支払に努力させると同時に中村が他にこれを担保として差入れることに同意していたものであることは明白なところであり、このことと、債務不履行の場合に関する前記約定の厳重なこと、猶予期間経過後中村が本件建物を売却したときまで三カ月を経過していることを考え合せると、本件建物を担保とする金策が遂に成功しなかつた場合に中村が前記約定に基き代物弁済としてその所有権を取得するにつきあらためて被告西川にこれを告知する必要はなかつたものと解するのが相当であり、従つて中村は同年十一月十日前掲約定により当然に所有権を取得すると同時に本件建物を引受被告垣内武志に譲渡したものと認むべきである。

七、右に認定したように、本件建物の所有権は昭和二十八年十一月十日引受被告垣内武志に移転したものであり、同日その旨の登記がなされたことは成立につき全当事者間に争のない乙第六号証により明白であるから、同日以降被告西川は右建物を所有せず従つて右建物が本件土地上に存在することによつて同被告が本件土地を占有するものとはいい難いから、原告白鳥の被告西川に対する右建物収去による本件土地明渡の請求は失当である。

而して引受被告垣内武志が前同日以降本件建物を所有することにより本件土地を占有するに至つたことは多言を要しないところであるが、被告は、右建物所有権取得の直前に原告から同被告の所有権取得後は本件土地を賃貸すべき旨の意思表示があつたと主張するので、進んでこの点を検討するに、被告小池周一郎の本人訊問の結果(第三回)中には右主張に副う供述があり、引受被告の本人訊問の結果によれば、同人は被告小池からその旨を聞知したことが認められるが被告小池は同人に対する第二回訊問に際し右趣旨の供述を何等するところなく、むしろ原告訴訟代理人との間に本件土地の売買につき数回交渉があつた旨を供述しており、しかも右交渉が妥結に至つた趣旨の供述は少しも見受けられないのみならず、証人清田幸次郎の証言とも相反している。以上の被告小池の供述相互間の矛盾、清田証人の相反する証言に加えて、同被告の供述にかかる賃借又は売買交渉の時期があたかも本訴において被告西川の本件土地使用、占有の権原が争われ証拠調続行中にあたることをも合せ考えると被告小池の前掲供述はたやすく信用し難いものありというべく、引受被告の供述もまた従つて有力な証拠ということはできない。しかも右各証拠を除いては引受被告の前記主張事実を認むべき証拠は何等存在しないから、右主張は採用の余地なきものといわざるを得ない。よつて引受被告は本件建物を所有することによつて本件土地を権原なく占有し、その所有者たる原告の所有権行使を妨害し、その賃料相当額の損害を蒙らしめているものというべく、原告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡し且つ昭和二十八年十一月十一日以降右明渡ずみまでの一カ月金四百円の割合で損害金を支払うべき義務がある。

八、最後に併合事件の原告西川由三の請求の当否につき判断すれば、同原告が本件建物につき所有権を持つていたこと及び被告垣内武志のために原告主張の所有権移転登記がなされたことは右当事者間に争のないところであるが、訴外中村米次郎が原告西川との間の契約により右建物の所有権を取得し、被告垣内が右中村からこれを買受けたものであることは上来認定したところであるから、原告の所有権確認の請求は失当であり、又右所有権移転登記の手続に関し証人中村米次郎の証言、被告小池周一郎の本人訊問の結果(第二、三回)にあらわれたところは、乙第八号証の一乃至四同第九号証の一乃至三並びに被告(併合事件原告)西川由三の本人訊問の結果(第二回)と比較して、必ずしも右手続が適法になされたことの証拠として十分とは断定できないものがあるが、前記所有権移転登記が現在の権利関係と一致すること及び原告西川が現にその所有権を有しないことからいつて、同原告は被告垣内に対し右登記の抹消登記手続を請求することはできないものというべく、この請求もまた失当である。

九、以上判断したとおり、昭和二十七年(ワ)第七七四三号事件の原告の請求は主文第一乃至第三項の限度においてこれを認容し、その他はこれを棄却すべく昭和二十九年(ワ)第一〇六一三号事件の原告の請求は全部これを棄却すべきものであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条但書、第九十三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判官 近藤完爾

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